【読書】主婦経験って本当に仕事に活きるんですか?――『専業主婦が就職するまでにやっておくべき8つのこと』薄井シンシア

 「家事や子育て経験がキャリアに役立つ」という文言にたまに出会う。たいていは育児中の母親に向けたメッセージの中にある。

「本当かな?」っていつも思う。大変な状況にいて、焦りを感じている女性を励ますためだけに言っているんじゃないかなって、何割引かで受け取ることにしている。

 この本もそんなメッセージを含んでいる。でも、それよりも何よりも「あ、仕事できる人ってこういう人だよね」って思った。ノウハウもののようなタイトルがついているが、むしろ著者の生きる姿勢や哲学のようなものが書かれている本だ。

 

専業主婦からホテルの副支配人に

 

著者は長女を出産後に専業主婦になったが、娘さんが17歳で独立したのを機に再び職探しを開始。“給食のおばちゃん”や会員制クラブの電話受付などを経て、五つ星ホテルの副支配人まで務めた凄腕の女性だ。なんといっても17年ものブランクがあってもその立場に就けるだっていうサクセスストーリーが目を引くのだけれど、この本が焦点を当てているのはそれ以前の専業主婦時代の話。

 

私は娘を出産後に専業主婦になった。決心した日のことはよく覚えている。まだ首もすわらない娘が、私の腕のなかで安心しきった表情ですやすや眠るのを眺めているうちに、突然ある思いが湧き上がってきた。

「この赤ちゃんを育てること以上に、私にとって大事な仕事があるだろうか」

(中略)私の仕事は広告会社の営業から専業主婦に変わった。

 

面白いのは、専業主婦になることを著者が「転職した」ととらえていることだ。仕事だから家事も育児も漫然とこなしたりしない。常に全力で真剣だ。必要な仕事(=家事)を書き出して効率的にできる動線を考えて動く。費用対効果を考えて家計を回す。分からないことがあれば何カ月かのスパンで基礎から学ぶ。着る服だってアレコレ迷わずに済むように黒一択。ヘアは手入れがラクなショートと決めている。

とにかく何につけても合理的で勉強熱心。そしてめげない。そういう人柄が伝わって来る。

 

主婦だけど、ただの主婦じゃない

 

ここまでできる主婦はなかなかいないという具体例もいくつもある。例えばウィーンに住んでいたときのエピソードだ。

当時、ウィーンの肉屋には和食に適した薄切り肉が売っておらず、困った著者はハムのスライサーを使って豚肉を切ってくれと肉屋のおじさんにしつこく頼み込んだそう。困ったおじさんは渋々肉をスライスしてくれたが……。話はこれで終わりではない。

翌日、料理した肉じゃがを持って再び肉屋を訪れた著者は店主に交渉を持ちかける。日本人はこんな料理を作るからスライス肉が欲しいのだ、自分の知り合いを何人も連れて来るから今後はスライス肉を置いて欲しい、と。

それからというもの、その肉屋は数少ないスライス肉を売る店として大繁盛。めでたし、めでたし。そんな逸話を著者は「お互いウィン・ウィンの関係を作った」と綴っている。もうね、まるでビジネスだよねっ!

そう、著者は専業主婦だったのだけど、主婦の器に収まっていなかった。そして、実は主婦の仕事もビジネスも地続きなんですよっていう、まさに好事例だ。

 

こんな事例を挙げると、「なーんだ、結局ごく稀にいるすごい人なんじゃない」って思う人も多いだろう。あるいは専業主婦でもカッコイイ再就職ができるのだと勇気をもらうためにこの本を開いた人にとってはガッカリなのかもしれない。でも、逆に言えば、仕事ができる人だったら、きっと主婦業だってこの人のように合理化したり工夫したりするよねって思った。

結局、一番のハードルになるのは、日本の企業が主婦を雇うことに消極的なことなんでしょう。このスゴイ著者でさえ、最初の職(会員制クラブの電話受付のパート)を得るのに苦労したそうなんだから。だからこそ、こんな例がもっと認知されるといいなあと思う。