【読書】「育児はちっとも辛くない」とあえて主張するという決意。 ——『母ではなくて、親になる』山崎ナオコーラ

 

いつのころからか「育児は辛い」「大変だ」という主張が世の中に溢れるようになった。子どもは可愛い、でもしんどいのだ、そう言ってもいいことになったら誰もが気軽に声を上げるようになった感じだ。育児の喜びとともにある苦労を描いた本はいくらでもある。

 

作者は最近のそういった状況を踏まえて、あえて「育児?ぜーんぜん辛くないよ。楽しいばっかりだよ?」って主張することに決めていたのではないだろうか。

 

妊娠中に、「母ではなくて、親になろう」ということだけは決めたのだ。

親として子育てするのは意外と楽だ。母親だから、と気負わないで過ごせば、世間で言われている「母親のつらさ」というものを案外味わわずに済む。

 

「母ではなくて、親になろう」。

とってもいいタイトルだ。その主張を聞いてみたいと思わせる。

 

……なんだけどね。

 

実はあんまり面白く読めなかった。感想をひと言で表現するならば、

ヨシタケシンスケのほんわかしたイラストと合ってねえ!

って思った。もう少ししつこく書く。

 

「ちょっ、言い方!」って何度も思ったよ

 

作者の書きぶりにひっかかるところがいろいろあるんですよ。

例えば、こんな感じ。

 

妊娠生活は、大したことがなかった。(中略)腹が大きくなるのは、想像していたほどのすごい経験ではなかったし、創作意欲は刺激されず、「妊娠について書きたい」と思うこともなかった。

 

「帝王切開も立派なお産です」と反駁している文章をよく見かける。だが、私はお産じゃないと言われても、一向に構わない、と思った。そもそも、自分自身、お産じゃないと感じたのだ。

 

麻酔が切れて少しずつ痛みが出始めたが、それでも産む前に想像していたほどには痛くならなくて、「これなら難なく耐えられそうだな」と思った。

 

うーん、作家なんだから「大したことがなかった」で済まさずに何か書こうとしてみたらどお?

出産についても、実際そう思ったのかもしれないけど、読者としてはこんな感想を抱いてしまう。

こーの、強がりさん♡

 

これ以外にも、自然分娩をめぐって「『女の人は強い』『男には無理だ』などと、女性を称えるひとには、虫酸が走る」とか「母親っぽい服になんか、とらわれてたまるか」「保活というのは『○○活』の中で、一番くだらない」などと作者は主張している。その内容には概ね同意する。けれど、言い方がキツいもんだから、むしろわざわざ強い言葉を使わずにいられなかった作者の内面のほうに注意が向いてしまう。

 

で、極めつきはコレ。

 

今の時代、女性は強者だ。女性が優遇されている時代を生きている自覚を持ち、弱く可愛らしい存在である男性には優しくしてあげなくてはならない。

 

あるいは作者は自分が優遇されていると感じ、また強者であると思っているのかもしれない。でも、だからといって女性全体に話を広げてこう言い切ってしまうのはあまりに乱暴だ。「弱く可愛らしい存在である男性」にいたっては、もはや何を言っているのか意味がわからない。「女性はか弱く守られるべき存在である」と決めつけられるのと何が違うのだろうか。

 

夫ディスのクセがすごい

 

また、作者は夫の人ことを「尊敬している」といい、こんな風に表現している。

 

夫は見た目も性格も人に勝つ人ではない。一般的に言われているような「男性としての強さ」や「男らしい魅力」を備えていない。

 

 

夫は経済力も生活能力も低く、(中略)夫に「これを着な」「これを食べな」と服や食べ物を用意することに、喜びを感じた。

 

「夫は低学歴定収入で、背は高いがべつにかっこ良くはない」。だからこそ、結婚の際に夫の人の良いところをくどくどと説明したそう。そして産科入院中も夫にあれを買って来てくれ、これを買って来てくれと「指示した」という。

 

繰り返しますよ。作者は夫さんのことを尊敬しているのです。ここには書かれていない部分に魅力を感じているのです。自分が上の立場にいられる男性を選んだのかなあとか、「夫ディスだ」と感じてしまうのは読者の邪推というものです。そうに違いありません。

 

考えるな、感じろ!

 

思わず長々と書いてしまったが、もちろん共感する部分もたくさんあったのですよ。でも、全体の印象としては“論”が前に出過ぎているな、と感じてしまった。(そして長くなったので共感ポイントについては割愛しちゃう。作者ごめん!)

目の前に赤子がいて、初めての子育てをしているんだから、泣いたり笑ったり、心が思いっきり動かされた経験をそのまま綴ってもいいじゃないか。そんなのバカっぽいですか?ありきたりですか?でも、わたしはそういうのを読みたかったなと思ってしまった。理論武装するのではなく、むき出しの「ダメな母親のわたし」をさらけ出すほうが潔くて好きです。

それとも、もしかしたら作者自身、書くべき強い動機を持たぬまま書いていて、であるからこそ頭の中で話をこねくりかえしているのかしらと思ったりして。

 

そんな作者には、知る人ぞ知るこんな言葉を捧げたい。

 

Don’t think! Feel!!

 

これ、まだあんまり知られていない台詞なんだけどね。